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【発明の名称】カーボンナノチューブ製フィラメントおよびその利用
【出願人】
【識別番号】503347404
【氏名又は名称】安藤 義則
【住所又は居所】愛知県名古屋市天白区梅が丘2−644
【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】特許業務法人快友国際特許事務所
【発明者】
【氏名】安藤 義則
【住所又は居所】愛知県名古屋市天白区梅が丘2−644
【氏名】趙 新洛
【住所又は居所】愛知県名古屋市天白区一本松2−1028サンキャピトル205
【要約】
【課題】
カーボンナノチューブを主構成要素とするフィラメントおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】
本発明により提供されるフィラメント製造方法は、気相からカーボンを堆積させて、複数のカーボンナノチューブがネット状に集合してなるナノチューブ集合物を形成する工程を有する。また、そのナノチューブ集合物を延伸する工程を有する。また、そのナノチューブ集合物を重ね合わせる工程を有する。前記延伸工程は、前記重ね合わせ工程を挟んで複数回行うことができる。それら複数回の延伸工程における延伸方向をほぼ同一方向とすることが好ましい。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程:
気相からカーボンを堆積させて、複数のカーボンナノチューブがネット状に集合してなるナノチューブ集合物を形成する工程;
前記ナノチューブ集合物を延伸する工程;および、
前記ナノチューブ集合物を重ね合わせる工程;
を含み、ここで、前記延伸工程は前記重ね合わせ工程を挟んで複数回行われ、それら複数回の延伸工程における延伸方向をほぼ同一方向とする、カーボンナノチューブを主構成要素とするフィラメントの製造方法。
【請求項2】
前記重ね合わせ工程では、前記ナノチューブ集合物を構成するカーボンナノチューブの配向に沿って前記ナノチューブ集合物を重ね合わせる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ナノチューブ集合物を構成するカーボンナノチューブは主として単層カーボンナノチューブである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
カーボンナノチューブの純度70at.%以上の集合物に対して前記延伸工程および前記重ね合わせ工程を行う、請求項1から3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記ナノチューブ集合物を形成する工程では、グラファイトに金属触媒を混合したアノードとカソードとの間にアーク放電を発生させて少なくともアノードからカーボンを蒸発させ、そのカーボンを堆積させて前記ナノチューブ集合物を形成する、請求項1から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
長さ10mm以上、幅2mm以上、厚さ0.005mm以上、密度0.3g/cm3以上のフィラメントを形成する、請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載の方法により製造されたフィラメント。
【請求項8】
請求項7に記載のフィラメントを備える真空管。
【請求項9】
請求項7に記載のフィラメントを備える電球。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、カーボンナノチューブを主構成要素とするフィラメントおよびその製造方法に関する。また、該フィラメントを利用してなる真空管、電球等の電気機器に関する。
【背景技術】
カーボンナノチューブを各種製品に応用する技術が検討されている。しかし、周知のようにカーボンナノチューブは微細な構造体であって、一般にその取り扱いには高価な設備を要する。例えば、多数のカーボンナノチューブを全体として所定の性状(外形等)を呈するように集めることは困難である。このことは、カーボンナノチューブを利用した製品(または部材)の製造コストを増加させる一因となり得る。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
多数のカーボンナノチューブを所定形状に集める(成形する)ことができれば有益である。そのような成形品は、その電気的特性を利用したフィラメント等として有用なものとなり得る。
そこで本発明は、複数のカーボンナノチューブを含むフィラメントを効率よく製造する方法を提供することを一つの目的とする。本発明の他の一つの目的は、かかる方法により製造されたフィラメントを提供することである。さらに他の一つの目的は、そのようなフィラメントを備えた電気機器(真空管、電球等)を提供することである。
また、本発明の他の側面は、カーボンナノチューブの取扱方法を提供することである。特に、カーボンナノチューブの集合体を成形する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決するために、本発明によると、カーボンナノチューブを主構成要素とするフィラメントの製造方法が提供される。そのフィラメント製造方法は、気相からカーボンを堆積させて、複数のカーボンナノチューブがネット状に集合してなるナノチューブ集合物を形成する工程を有する。また、前記ナノチューブ集合物を延伸する工程を有する。また、前記ナノチューブ集合物を重ね合わせる工程を有する。ここで、前記延伸工程は、前記重ね合わせ工程を挟んで複数回行うことができる。例えば、延伸工程、重ね合わせ工程、延伸工程の順で行うことができる。それら複数回の延伸工程における延伸方向をほぼ同一方向とすることが好ましい。
このような製造方法によると、延伸工程と重ね合わせ工程とを交互に行うことによってナノチューブ集合物をフィラメントに適した性状に容易に成形することができる。
上記重ね合わせ工程では、ナノチューブ集合物を構成するカーボンナノチューブの配向に沿って前記ナノチューブ集合物を重ね合わせることが好ましい。
ここで「カーボンナノチューブの配向に沿って」とは、カーボンナノチューブの配向性の高い方向が近似するように(好ましくは、該方向が概ね一致するように)ナノチューブ集合物を重ね合わせることをいう。これにより、ナノチューブ集合物を構成するカーボンナノチューブの密度および/または配向性を効率よく高めることができる。
このようなフィラメント製造方法に使用し得るナノチューブ集合物としては、該ナノチューブ集合物を構成するカーボンナノチューブが主として単層カーボンナノチューブであるものが挙げられる。また、前記ナノチューブ集合物を構成するカーボンナノチューブが主として多層カーボンナノチューブであるもの、あるいは多層カーボンナノチューブと単層カーボンナノチューブとが混在するものも使用可能である。ナノチューブ集合物を構成するカーボンナノチューブが主として単層カーボンナノチューブである場合には、ユニークな電気的特性を示すフィラメントを製造し得る、得られるフィラメントの品質が安定化(均一化)しやすい、得られるフィラメントの電気的特性の制御(設計)が容易である、のうち少なくとも一つの効果を実現し得る。
上記製造方法には、前記延伸工程および前記重ね合わせ工程を行う前におけるカーボンナノチューブの純度(集合物全体に占めるカーボンナノチューブの原子比)が70at.%以上であるナノチューブ集合物を好ましく用いることができる。このようなカーボンナノチューブ純度が実現されるようにナノチューブ集合物を精製する処理を適宜行うことができる。前記延伸工程および前記重ね合わせ工程に先立って該精製処理を行うことにより、ナノチューブ集合物の純度を効率よく向上させることができる。このようなナノチューブ集合物を用いることにより、ユニークな電気的特性を示すフィラメントを製造し得る、得られるフィラメントの品質が安定化(均一化)しやすい、得られるフィラメントの電気的特性の制御(設計)が容易である、のうち少なくとも一つの効果を実現し得る。
ここで開示される製造方法に使用するナノチューブ集合物は、例えば以下の方法により好適に形成することができる。すなわち、グラファイトに金属触媒を混合したアノードとカソードとの間にアーク放電を発生させる。これにより、少なくともアノードからカーボンを蒸発させ得る。そのカーボンを堆積させて前記ナノチューブ集合物を形成する。このような方法によると、ナノチューブ集合物を効率よく形成することができる。上記金属触媒としてFe単体を用いることが好ましい。また、H2,Arの混合ガス雰囲気中で直流アーク放電を発生させることが好ましい。
ここで開示されるフィラメント製造方法は、比較的大きな(例えば、少なくとも肉眼で見える大きさの)外形形状を有するフィラメントを製造する方法として好適である。このようなフィラメントの製造においては、本発明の方法を採用することによる効果が特によく発揮され得る。
特に限定するものではないが、上記製造方法により好適に製造し得るフィラメントの性状を例示すれば以下のとおりである。長さ(カーボンナノチューブの配向の高い方向に沿った大きさ)が10mm以上、典型的には長さ10mm〜300mmである。幅(長さとほぼ直交する方向に沿った大きさ)が0.1mm以上、典型的には幅0.1mm〜10mmである。厚さが0.005mm以上、典型的には0.005mm〜0.05mmである。密度が0.3g/cm3以上、典型的には密度0.3〜1.0g/cm3である。また、上述したいずれかのフィラメント製造方法によると、40Vの直流電圧に対する電流が例えば2A以上(典型的には2〜4A)であるフィラメントを製造し得る。
本発明によると、上述したいずれかの方法により製造されたフィラメントが提供される。このようなフィラメントは、長手方向(カーボンナノチューブの配向性の高い方向)に対して1N以上の引張力にも耐えるものとなり得る。
また本発明によると、上述したいずれかのフィラメントを備える真空管が提供される。さらに、上述したいずれかのフィラメントを備える電球が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書において特に言及している内容以外の技術的事項であって本発明の実施に必要な事項は、従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書および図面によって開示されている技術内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
本発明は、カーボンナノチューブを主構成要素とするフィラメントに関する。ここで「フィラメント」とは、通電により発熱し得る導電性部材をいう。典型的には、長尺状(紐状、糸状、ベルト状、バンド状等)またはシート状の外形を呈する。このようなフィラメントは、真空管のカソード等のような電子(特に熱電子)放出源として用いることができる。また、電球の発熱体(発光源)として用いることができる。
本発明に係るナノチューブ集合物は、複数の(典型的には多数の)カーボンナノチューブがネット状に集合した形態のものである。ここで「ネット状」とは、綿状、綿菓子状、クモの巣(web)状等とも表現され得る状態であって、ナノチューブ集合物を構成する個々のカーボンナノチューブが絡まりあった状態に限定されるものではない。好ましいものでは、その一部を掴んで全体を持ち上げ得る程度に全体が連関して(連なって)いる。かかるナノチューブ集合物は、該集合物を構成する複数のカーボンナノチューブの巨視的な絡み合いにより一体物として取り扱うことができる。例えば、一般的なピンセット等の把持具を用いて掴んだり引っ張ったり曲げたりすることができる。
このようなナノチューブ集合物に延伸工程(引き伸ばす工程)および重ね合わせ工程を施して所定形状に成形する。ナノチューブ集合物を延伸すると、該集合物を構成するカーボンナノチューブの延伸方向への配向性が向上する傾向にある。したがって上記延伸工程では、ナノチューブ集合物を構成するカーボンナノチューブの配向に沿って(すなわち、配向性の高い方向と近似する方向に)該集合物を延伸することが好ましい。これによりナノチューブ集合物の配向性を効率よく高めることができる。この延伸工程は、重ね合わせ工程を挟んで複数回行うことができる。これら複数回の延伸工程における延伸方向をほぼ同一方向とすることが好ましい。これにより、ナノチューブ集合物を構成するカーボンナノチューブの密度および/または配向性を効率よく高めることができる。
上記重ね合わせ工程は、一つのナノチューブ集合物の一部と他部とを重ね合わせる工程であってもよく、一つのナノチューブ集合物と別のナノチューブ集合物とを重ね合わせる工程であってもよい。また、これらの双方を実施してもよい。一つのナノチューブ集合物の一部と他部とを重ね合わせる場合、そのナノチューブ集合物を折り畳むことにより重ね合わせてもよく、そのナノチューブ集合物を複数に分割して重ね合わせてもよい。重ね合わせ工程は、少なくとも複数回の延伸工程の間に行われる。また、最初の延伸工程の前および/または最後の延伸工程の後にも重ね合わせ工程を行うことができる。この重ね合わせ工程はカーボンナノチューブの配向に沿って行うことが好ましい。したがって、ナノチューブ集合物を折り畳むことにより重ね合わせる場合には、カーボンナノチューブの配向性の高い方向(延伸方向)と直交する折曲線に沿って、または該方向と平行な折曲線に沿って折り曲げることが好ましい。また、ナノチューブ集合物を分割して重ね合わせる場合には、カーボンナノチューブの配向性の高い方向(延伸方向)と直交する分割線に沿って、または該方向と平行な分割線に沿って分割したものを、それら分割されたナノチューブ集合物のカーボンナノチューブの配向が揃うように重ね合わせることが好ましい。
このような延伸工程および重ね合わせ工程によって、ナノチューブ集合物を構成するカーボンナノチューブの配向性を高めることができる。すなわち、ナノチューブ集合物の巨視的(macroscopic)配向性が向上する。また、上記工程によってナノチューブ集合物の密度(カーボンナノチューブの密度)を高めることができる。したがって電気的特性に優れたフィラメントを製造することができる。例えば、電子放出特性がよい(低電圧で高いエミッション電流が得られる)、導電性が高い、抵抗値が低い、等のうち少なくとも一つの特性を備えるフィラメントを製造し得る。このようなフィラメントは、真空管、電球等の用途に好適である。また、本発明に係るフィラメントは、耐衝撃性、耐振動性等の物理的特性、熱的安定性、化学的安定性の少なくとも一つの特性が良好なものとなり得る。
上記ナノチューブ集合体を製造する好ましい方法として以下の方法が挙げられる。すなわち、グラファイトに金属触媒を混合したアノードとカソードとの間にアーク放電を発生させる。これにより少なくともアノードからカーボンを蒸発させる。そのカーボンを堆積させて前記ナノチューブ集合物を形成する方法である。
上記金属触媒としては、Ni−Y触媒、S添加Fe系金属触媒、Fe(単体)触媒等を用いることができる。単層カーボンナノチューブを比較的多く含むナノチューブ集合物を形成する目的であれば、S添加Fe系金属触媒またはFe(単体)触媒を用いることが好ましく、Fe(単体)触媒を用いることが特に好ましい。アノードに含有させる金属触媒の割合は、例えばFe0.5〜2at.%の範囲とすることができ、Fe0.5〜1at.%の範囲とすることが好ましい。
ここでいうアーク放電は、通常のアーク放電、あるいはアークプラズマジェットのいずれでもよい。また、アーク放電させるための印加電圧は、例えば20〜40V(好ましくは30〜40V)の範囲で選定することができる。直径6mmのアノードを用いた直流アーク放電の場合、DC電流は30〜70Aの範囲で選定することができる。また、アーク放電の際の雰囲気圧力は、例えば約0.3〜10×104Pa(凡そ20〜750Torr)とすることができる。
アーク放電を発生させる際の雰囲気ガスとしては、H2ガス、H2とArとの混合ガス等を選択し得る。アーク放電を安定化しやすいことから、H2およびArの混合ガスが好ましく用いられる。例えば、H2:Arの混合比が体積比で1:4〜4:1(すなわち、Arガスの含有割合が20〜80体積%)の範囲にある混合ガスを好ましく用いることができる。H2:Arの混合比が体積比で3:2〜2:3の範囲にある混合ガスがより好ましい。単層カーボンナノチューブを多く含むナノチューブ集合物を形成する場合には、金属触媒としてのFe単体と、雰囲気ガスとしてのH2,Ar混合ガスとの組み合わせが特に好ましい。
上述したいずれかのフィラメント製造方法は、ナノチューブ集合物を精製する工程をさらに備えることができる。かかる精製工程として、例えば以下の処理:
(1).ナノチューブ集合物から不純物炭素を除去する処理、例えばナノチューブ集合物を酸化性ガス中または空気中で加熱する処理(加熱処理);および、
(2).ナノチューブ集合物から金属触媒を除去する処理、例えば当該金属を溶解する酸に浸漬する処理(酸処理);
を行うことができる。上記(1).および(2).の双方を実施することが望ましく、(1).の処理の後に(2).の処理を行うことが好ましい。特に、金属触媒がカーボンで覆われている場合には、上記(1).の処理によって金属触媒を覆うカーボンを除去して金属触媒を露出させた後に上記(2).の処理を行うことによって金属触媒をより効率的に除去することができる。
ここで「不純物炭素」とは、本発明の製造方法に用いるナノチューブ集合物に含まれ得るが、チューブ状になっていないカーボン成分をいう。例えば、アモルファスカーボン、フラーレン、カーボンナノパーティクル、触媒金属を覆うグラファイト膜等が不純物炭素(除去対象)となり得る。
上記加熱処理によってナノチューブ集合物から不純物炭素を除去する場合には、不純物炭素以外のカーボンナノチューブの損傷や消失を抑えるような条件を選択することが好ましい。例えば、以下に挙げる条件のうち一つまたは二つ以上を満たす条件で行うとよい。
(1).雰囲気ガス:一種または二種以上の酸化性ガス(O2,CO,NO等)を含む酸化性雰囲気が好ましい。酸化性ガスに加えてAr,N2等の不活性ガスを含む酸化性雰囲気とすることができる。
(2).雰囲気圧力:5×104〜10×104Pa、より好ましくは8×104〜10×104Pa。
(3).加熱温度:600〜900K、より好ましくは670〜720K。
(4).加熱時間:20分〜1時間、より好ましくは25分〜35分。
なお、好適な加熱処理条件は、除去対象となる不純物炭素の種類や量、ナノチューブ集合物の構造等によっても異なり得る。
上記酸処理に用いる酸としては、除去対象である金属触媒の種類等に応じて適当なものを選択することができる。例えば、塩酸、硝酸等から選択される一種または二種以上の酸を用いることができる。Fe触媒の除去に好ましく用いられる酸としては塩酸が挙げられる。例えば、濃度18〜36%程度の塩酸が好ましく用いられる。
ナノチューブ集合物の形成に使用し得るナノチューブ製造装置の一構成例を図1に示す。この装置10は、真空チャンバ11内に配置した載置台12の上にアノード13を搭載することができる。また、真空チャンバ11の天井からホルダ15を介してカソード14を吊り下げることができる。カソード14は、ホルダ15に接続されたモータ16からの動力によって昇降および回転させることができる。また、真空チャンバ11には油拡散ポンプ等の真空ポンプ21が接続された排気管23が設けられており、これにより真空チャンバ11の内圧を調整することができる。さらに、真空チャンバ11には雰囲気調整等に用いるガスGを導入するための給気管22が設けられている。
アノード13およびカソード14には、アーク放電の発生に必要な電圧を印加し得る直流電源31が接続されている。また、この直流電源31の陽極側および陰極側は、制御機構32からの制御指令が入力される入出力回路33に接続されている。
アノード13を構成する材質としては、金属触媒としてのFe単体を混合したグラファイトを用いることができる。このFe触媒としては微粒子状(好ましくは粒径1μm以下)のFe粒子を用いることが好ましい。このような微粒子状のFe触媒は、単層カーボンナノチューブの合成反応に対する触媒活性が特に良好である。例えば3〜40質量%の割合でFe粒子をグラファイト粉末に配合し、所定形状(例えば棒状)に圧粉成形することによりアノード13を得ることができる。なお、カソード14を構成する材質としては金属触媒を含まないグラファイト(例えば棒状のもの)を用いることができる。
このような構成の装置10を用いて、例えば以下のようにしてナノチューブ集合物を製造することができる。すなわち、真空ポンプ21を稼動させて真空チャンバ11内を減圧する。雰囲気圧力が例えば1.3×10-3Pa程度の高真空になったら、給気管22からH2:Arの混合比(体積比)が30:70〜70:30の範囲にある混合ガスGを供給する。かかるH2,Ar混合ガス雰囲気中でアーク放電を発生させ、そのアーク熱でアノード13からカーボンを蒸発させる。蒸発したカーボンは堆積して、カーボンナノチューブを多く含む堆積物Dを形成する。典型的には、カソード14の周りに、単層カーボンナノチューブがネット状(クモの巣状)に連なった堆積物Dが生成する。このとき、アノード13、カソード14間に印加されている電圧からアーク放電状態を制御機構32で演算し、アーク放電で発生した堆積物Dの成長に応じてカソード14の昇降、回転を調整する制御信号sを入出力回路33からモータ16に出力することができる。
なお、アノード13とカソード14との配置は、図1に示すようなほぼ直線状(すなわち、アノード13とカソード14とのなす角度がほぼ180°)の配置に限られない。例えば、アノード13とカソード14とのなす角度が鋭角(すなわち90°以下、典型的には5〜75°)となるように配置することができる。このような鋭角配置を採用する場合には、アノード13とカソード14とのなす角度を凡そ10〜60°の範囲とすることが好ましく、凡そ20〜45°の範囲とすることがより好ましい。
また、図1には直流電圧を印加する装置10を示しているが、アノード13とカソード14との間に交流電圧を印加する構成としてもよい。この場合には、アノード13およびカソード14のいずれにも、金属触媒(Fe単体)を混合したグラファイトを用いることが好ましい。
通常、このようにして得られた堆積物Dには、カーボンナノチューブとともにFe触媒および不純物炭素が含まれている。このFe触媒および不純物炭素を低減する(堆積物Dを精製する)ために、堆積物Dを670〜720Kの温度で25〜35分間加熱する処理(加熱処理)を行った後、塩酸で処理(塩酸処理)することができる。ナノチューブ集合物を製造する装置は、このような精製手段の一部(例えば加熱処理)または全部を実施し得る構成とすることができる。
本発明に係るフィラメントは、各種真空管のカソード(電子放出源)として利用することができる。例えば、図2に示す構成の二極真空管30、図3に示す構成の三極真空管40のカソード32として上記フィラメントを用いることができる。その場合、直熱型のカソードおよび傍熱型のカソードのいずれとして用いることも可能である。なお、図2および図3中の符号34はアノードを、図3中の符号36はグリッドを表している。
また、本発明に係るフィラメントは、電球のフィラメントとして利用することができる。例えば、図4に示す構成の白熱電球50のフィラメント56として上記フィラメントを用いることができる。なお、図4中の符号52はガラス球等の透光性の密閉容器を示している。この容器52内は真空でもよく、不活性ガス(窒素、アルゴン等)が封入されていてもよい。また、符号54はフィラメント56の両端に接続された導入線を示している。
以下、本発明に関する実験例を説明する。
<実験例1:ナノチューブ集合物の作製およびフィラメントの作製>
図1に示す構成の装置10を用いてナノチューブ集合物を作製した。アノード(下部電極)13としては、金属触媒としてのFe単体(粒径1μm以下のFe粒子)を1at.%の割合で含有するグラファイト棒(直径6mm、長さ75mm)を用いた。カソード(上部電極)14としては、金属触媒を実質的に含まないグラファイト棒(直径10mm、長さ100mm)を用いた。このようなアノード13およびカソード14を、両極間の距離が約2mmとなるようにセットした。
真空チャンバ11内を真空排気した後、H2:Ar=40:60(体積比)の混合ガスGを給気管22から真空チャンバ11に導入し、雰囲気圧力を約2.7×104Pa(200Torr)に保った。アノード13とカソード14との間に30Vの電圧を印加してアーク放電を発生させ(DC電流:50A)、アノード13を蒸発させた。このアーク放電を約3分継続した。これにより、真空チャンバ11でカソード14の周りに長さ30cm以上のクモの巣状(web状、ネット状)の堆積物Dが生成した。この堆積物D(ナノチューブ集合物)を真空チャンバ11から取り出した。その質量は23mgであった。この結果から、堆積物Dの生成速度は7.7mg/分と算出される。以下、この堆積物D、すなわち生成したままの(精製処理を加えていない、未精製の)ナノチューブ集合物を「as-grown堆積物」ということもある。
このようにして得られたas-grown堆積物は、一般的なピンセットを用いて容易に取り扱うことができた。例えば、その一部を掴んで全体を持ち上げることができた。走査型電子顕微鏡(SEM)による観察結果によれば、このas-grown堆積物は多数の単層カーボンナノチューブがネット状に集合したものであった。それらのナノチューブは、カソード14の先端からの距離方向(ここでは、as-grown堆積物の長さ方向と概ね一致する)に配向する傾向があった。SEMおよびエネルギー分散型X線分析装置(EDX)による評価結果によれば、as-grown堆積物のうち単層カーボンナノチューブを構成するカーボンの割合(すなわち、単層カーボンナノチューブの純度)は70at.%以上であった。
このas-grown堆積物(ナノチューブ集合物)を用いてフィラメントを作製した。すなわち、上記により生成したナノチューブ集合物を、該集合物を構成するナノチューブの配向の高い方向(as-grown堆積物の長さ方向)に延伸した。次いで、延伸したナノチューブ集合物を、その長手方向の両端を合わせるようにして二つに折り畳んだ。さらに、折り畳んだナノチューブ集合物を同じ方向(配向の高い方向)に延伸した。このように延伸することおよび折り畳むことを繰り返して、ナノチューブ集合物を長さ22mm、幅4mm、厚さ0.02mmの帯状(ベルト状)に成形した。これらの操作は一般的なピンセットを用いて行うことができた。
得られたフィラメント(成形品)の電気的特性を二端子法により評価したところ、直流電圧40Vの条件で約1.5Aの電流が観察された。フィラメントの断面積を約8×10-4cm2と見積もると、電流密度は約2×103A/cm2、抵抗率は約1×10-2Ωcmであった。さらに、四端子法(測定電流:1mA)により電気抵抗の温度依存性を評価した。その結果を図5に示す。なお、このフィラメントは1N以上の引張力に耐えることができた。
<実験例2:精製したナノチューブ集合物を用いたフィラメントの作製>
この実験例2は、実験例1により得られたas-grown堆積物(ナノチューブ集合物)に精製処理を加えた後に成形(延伸および折り畳み)を行った例である。
as-grown堆積物の精製は次のようにして行った。すなわち、第一のプロセスではas-grown堆積物を空気中で693Kに30分間加熱した。第二のプロセスでは、第一のプロセスを経たナノチューブ集合物を36%塩酸に12時間浸漬した。次いで、遠心分離によりナノチューブ集合物から黄緑色の液体(Fe触媒が溶解している)を除去した。さらに、このナノチューブ集合物を蒸留水に浸漬した後に遠心分離する処理を二回、エタノールに浸漬した後に遠心分離する処理を一回行った。そして、遠心分離後のナノチューブ集合物に付着しているエタノールを473Kのホットプレート上で蒸発させた。
このようにして精製したナノチューブ集合物を成形してフィラメントを作製した。すなわち、実験例1と同様に延伸および折り畳みを行って、長さ10mm、幅4mm、厚さ0.02mmの帯状(ベルト状、バンド状)のフィラメントを作製(成形)した。
<実験例3:特性評価(1)>
実験例1および実験例2により作製したフィラメントの電気的特性を評価した。
すなわち、フィラメントを面積2〜3mm2にカットし、Ag系の導電性ペーストを用いて周囲をガラス板に接着した。これをエミッタ(カソード)として真空管を構築した。すなわち、フィラメントを接着したガラス板を真空チャンバ内に収容し、フィラメントの表面から約400μmの位置にアノードを配置した。真空チャンバ内を約8.8×10-8Paに減圧し、フィラメントとアノードとの間に電圧を印加してエミッション電流を測定した。得られた電流−電圧特性を表1および図6に示す。図6中、「未処理」と記した特性曲線は実験例1により作製したフィラメントに、「精製処理」と記した特性曲線は実験例2により作製したフィラメントに、それぞれ対応している。
【表1】
表1
表1および図6に示すように、実験例1および実験例2に係るフィラメントでは、いずれもアノード電圧600V(電界強度1.5V/μmに相当する)以下の条件でエミッション電流が検出された。特に、実験例2に係るフィラメントではアノード電圧400V(電界強度1.0V/μm)以下の条件でエミッション電流が検出された。また、実験例1および実験例2に係るフィラメントでは、いずれもアノード電圧800V(電界強度2V/μm)以下の条件で50μA以上、アノード電圧1000V(電界強度2.5V/μm)以下の条件で200μA以上のエミッション電流が得られた。なお、エミッションの状況を詳細に観察したところ、実験例1および実験例2に係るフィラメントはいずれも、フィラメント表面から強く電子が放出されていた。
また、これらのフィラメントにつき定電流駆動時の電圧変化を評価した。すなわち、200μAのエミッション電流が得られるように印加電圧を制御し、その電圧の経時変化を観察した。その結果を表2および図7に示す。図7中、「未処理」と記した特性曲線は実験例1により作製したフィラメントに、「精製処理」と記した特性曲線は実験例2により作製したフィラメントに、それぞれ対応している。実験例1に係るフィラメントに比べて、実験例2に係るフィラメントは経時による電圧上昇が少なく、より安定した電気的特性(エミッション特性)を示した。
【表2】
表2
<実験例4:特性評価(2)>
実験例1に係るフィラメントを用いて、図4に示す構造の電球50を作製した。容器52内の圧力は1.0×10-4Paとした。この電球5は、電圧40V、電流1.5Aの条件で強い白熱光を発した。このとき最も明るい部分におけるフィラメント56の温度は凡そ2673Kであった。
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
また、本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組み合わせによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組み合わせに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】ナノチューブ集合体の形成に用いる装置の一構成例を示す模式図である。
【図2】二極真空管の構造を例示する模式図である。
【図3】三極真空管の構造を例示する模式図である。
【図4】電球の構造を例示する模式図である。
【図5】実験例に係るフィラメントの電気抵抗の温度依存性を示す特性図である。
【図6】実験例に係るフィラメントの電流−電圧特性を示す特性図である。
【図7】実験例に係るフィラメントの定電流駆動時の電圧変化を示す特性図である。
【符号の説明】
10 装置
11 真空チャンバ
13 アノード
14 カソード
30 二極真空管
32 カソード(フィラメント)
40 三極真空管
50 電球
56 フィラメント
【図1】
図1
【図2】
図2
【図3】
図3
【図4】
図4
【図5】
図5
【図6】
図6
【図7】
図7
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